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日本の侵略行為の正当化は許されない [戦後民主主義問題]

(1) 田母神空幕長が、日本の植民地支配を正当化し、侵略は濡れ衣などという論文を寄稿したとして、更迭された。
 右派言論人が時々する主張であるが、極めて不相当である。
 彼らの主張は、イギリスやアメリカその他欧米列強が、アフリカやアジアの国々を侵略し、奴隷を徴し、資源や財産を一方的に収奪したこと等に比べれば、日本がしたことは大したことではない、侵略国家というならもっといくらでもあるだろう、日本が侵略国家などと言われるのは濡れ衣だ、一方的に謝り過ぎだ、といったことのようである。

(2) しかし、日独伊以外のほとんどの国は、20世紀初頭頃までに過去の行為を反省し、自ら自国においても、また対外的施策においても、一応、民主的体制を確立したが、日独伊の3国は、そのような世界の流れに全く逆行し、最後まで、対外的侵略行為を繰り返した。そして結局、結果において、他国の手を借りて初めて自国の民主化を実現したのであるから、この3国は、戦後、自ら反省しなければ、反省する機会がないのである。あるいは、他国から無理矢理、現在の民主体制にさせられたのだとすれば、いつ何時、元に戻ってしまわないとも限らないのである。

(3) また、侵略などというと、豊臣秀吉の「朝鮮征伐」まで謝罪するのか、いつまで謝罪するのか、などという批判もあるが、現在は、侵略戦争の直後の時代であるということが「朝鮮征伐」とは全く異なっている。「朝鮮征伐」も太平洋戦争も、どちらも歴史的事実ではあるが、我々の時代の直前の時代は、歴史的事実であるとともに、その時代へ戻ってしまうのか、どう反省するか、我々の時代の責任が直接問われる対象なのである。

(4) 最後に、植民地時代、朝鮮や中国、あるいは東南アジアの地域が、日本の植民地政策の結果、現地の経済が発展し、各種のインフラ等が整備されたという点だが、それは、言うまでもなく、現地を非民主的に支配して日本の利益のために搾取しようとした結果、たまたま現地の利益にもなったということで、支配した側から恩着せがましく言える筋合いのものでないことは明らかであろう。

(5) 他の者ならともかく、もう一度、戦前の、侵略を許す非民主的体制に戻るとすれば、自衛隊の暴走が重要な役割を果たすのであろう。自衛隊員にも正しい歴史的認識を持ってもらわなければならないとともに、自衛隊幹部が、過去の侵略行為についての、独自の見解を社会に表明しようなどと考えること自体、シビリアンコントロールの原則を無視する、とんでもない不当な行為だということを、すべての自衛隊幹部が自覚すべきである。


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